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[27] 秀吉から清正へ「朝鮮出兵の命令書」、本物発見 投稿者:かいけつ 投稿日:2019/03/29(Fri) 14:54  

秀吉から清正へ「朝鮮出兵の命令書」、本物発見
https://www.asahi.com/articles/ASM3V4RDDM3VOBJB003.html?iref=com_rnavi_srank

豊臣秀吉(1537〜98)が、武将加藤清正(1562〜1611)に宛てて朝鮮出兵を命じた朱印状が見つかった。愛知県刈谷市の市歴史博物館が27日発表した。「文禄の役」で清正が出兵する直前に出されたものとみられる。

 朱印状は縦21・5センチ、横125・5センチで軸装されている。竜のようなマークが特徴の秀吉の朱印があることや書状の紙質・形状などから本物と断定した。

 清正に対し、「(第1軍の)小西行長らに朝鮮出兵を命じたので、お前も出陣せよ。異国の者はそんなに強くないと思って、決して油断しないように」と伝える。また、「先に行った者たちが道中で詰まっているので、皆で相談してスムーズに進めるように」という趣旨の秀吉らしい細かい指示もある。3月23日の日付があり、文禄の役で第2軍を率いて4月に出兵した1592年のものと推測される。

 博物館によると、内容自体は福岡藩の黒田家に伝わる古文書に引用されている黒田長政ら3人の大名宛ての同日付の朱印状と同じで、同様の命令書が中国や九州の大名へ広く出されたと推測されていた。だが、3月23日付の命令書の実物が見つかったのは初めてという。

 秀吉の文書に詳しい名古屋市博物館分館蓬左(ほうさ)文庫の鳥居和之文庫長は「一次史料が発見されたことで黒田家文書の内容が事実だとわかる。また、清正の後、加藤家が断絶したため清正の資料は散逸しており貴重だ」と評価する。

 書状は、江戸時代後期の刈谷藩…

https://www.asahi.com/articles/ASM3V4RDDM3VOBJB003.html?iref=com_rnavi_srank


[26] 新種の草食恐竜発見、背中に長く鋭いとげの列 パタゴニア 投稿者:かいけつ 投稿日:2019/02/05(Tue) 13:45  

新種の草食恐竜発見、背中に長く鋭いとげの列 パタゴニア
https://www.jiji.com/jc/article?k=20190205038206a&g=afp


【ブエノスアイレスAFP=時事】アルゼンチンのパタゴニアで、1億4000万年前に生息していた、背中にとげが並んだ新種の草食恐竜の骨格が見つかった。英科学誌ネイチャーで発表された。(写真はアルゼンチン・ブエノスアイレスに展示された、パタゴニアで発見された新種の草食恐竜Bajadasaurus pronuspinaxの復元模型)
 Bajadasaurus pronuspinaxと名付けられたこの恐竜は、ディクラエオサウルス科に属し、背中のとげで捕食者を追い払っていたという。
 とげの並んだ首の部分を復元した模型が、ブエノスアイレスの科学館に展示されている。
 アルゼンチン科学技術研究委員会(CONICET)とマイモニデス大学で研究助手を務めるパブロ・ガリーナ氏は、「首と背中には、非常に長くて細い、鋭いとげがあったと考えている」と述べ、「とげは、骨がむき出しになっていたか、皮膚で覆われているだけだったとみられる。このため、他の動物から攻撃されれば一撃で砕けてしまったと思われる」と続けた。
 Bajadasaurusは四足歩行で、南米大陸に生息していた。広くは、三畳紀後期から白亜紀後期(約2億3000万年前〜7000万年前)に生息していた竜脚下目に属する。骨格はブエノスアイレスから南に約1800キロ離れたネウケン州で発見された。
 この辺りは、1993年に発見された、知られている肉食恐竜で最も大きいギガノトサウルスが生息していた地域でもある。ギガノトサウルスは白亜紀後期に生息していたと考えられており、Bajadasaurusを捕食していた可能性がある。
 CONICETは、Bajadasaurusのとげは体温を調整したり、異性を引き付けるために使われた可能性があると説明している。また、とげの間には肉質のこぶがあった可能性があり、ラクダのこぶと似た役割を果たしていたという。
 CONICETは、「研究によると、この恐竜は主に地上に生えた草を食べて暮らしていた。目は顔の上の方についており、周囲で起こっていることをよく見渡せた」と説明している。【翻訳編集AFPBBNews】
〔AFP=時事〕(2019/02/05-12:09)

https://www.jiji.com/jc/article?k=20190205038206a&g=afp


[25] 儀礼で頭部奉納、最古例か…ペルーの遺跡で確認 投稿者:かいけつ 投稿日:2019/01/10(Thu) 16:45  

儀礼で頭部奉納、最古例か…ペルーの遺跡で確認
https://www.yomiuri.co.jp/science/20190109-OYT1T50037.html?from=yartcl_blist

聖マリアンナ医科大(川崎市)などの研究チームは、ペルー北部パコパンパ遺跡で出土した紀元前500〜前50年頃の6体分の人骨に、首を切断して神殿に奉納した痕を確認した、と発表した。古代アンデスで人の頭部が神聖視されたことは土器の図像などで知られていたが、研究チームは「儀礼で供えたことが科学的に確認できた最古級の例」としている。

 同遺跡は、紀元前1200〜前500年頃の神殿跡と、後の時代に神殿を再利用した痕跡が見つかっており、国立民族学博物館(大阪府)など日本・ペルー合同調査団が調査している。

今回、同遺跡で出土した128体の人骨を分析したところ、人為的に首を切断した痕が残る頭骨が6体分あった。すべて成人男性で、痕跡の形や方向が共通し、首の後ろに石器を当てて切断されたと考えられる。

hhttps://www.yomiuri.co.jp/science/20190109-OYT1T50037.html?from=yartcl_blist


[24] 地表に窪み「竪穴住居跡」北海道2万3千軒確認 投稿者:かいけつ 投稿日:2019/01/10(Thu) 16:21  

地表に窪み「竪穴住居跡」北海道2万3千軒確認
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190110-OYT1T50028.html?from=ytop_photo

地表に窪くぼみとして残る先史時代の竪穴住居跡について、北海道教育委員会が2015年に始めた調査で、道内1335遺跡で約2万3000軒を確認したことがわかった。道教委では、これらの竪穴群を「北海道・北東北の縄文遺跡群」に続く世界文化遺産候補とする想定で、21年度まで調査を続け、全容を把握する考えだ。

 北海道は気候が寒冷なため、先史時代の竪穴住居跡が腐植土などで埋まり切らず、窪みとして今も地表に残っているケースが多い。とくに、標津町の「標津遺跡群」と北見市の「常呂遺跡」は、それぞれ2000軒以上の竪穴群が残っており、国の史跡に指定されている。

 道はこれらの竪穴群について、07年に世界文化遺産候補として文化庁に提案したことがある。同庁は「独特の考古学的遺跡だ」とは評価したが、普遍的価値の証明には課題があるとし、候補から漏れた。これを受け、道教委は竪穴群の文化遺産としての価値を示すには、まず全体像の把握が不可欠と判断し、15年度から調査を開始した。

 4年にわたる調査の結果、竪穴のある遺跡が最も多かったのは根室地方で470か所。続いて釧路地方で302か所、オホーツク地方で202か所などで、道東に集中していることが確認された。時代別では、擦文文化期(7世紀後半〜12世紀頃)が最多の約590か所で、続縄文文化期(2千数百年前〜7世紀頃)が約180か所、オホーツク文化期(5〜9世紀)が約90か所など。約460か所については時代が不明だった。

 これと並行して、主な遺跡については測量や発掘を行い、精度の高い遺構配置図を作成する作業を進めてきた。たとえば湧別町の「シブノツナイ竪穴住居跡」では、約4万平方メートルの分布範囲内に、530軒の竪穴住居跡が隙間なく密集していることが確認された。1960年代の調査では擦文時代の遺跡とされていたが、竪穴の形状や出土土器などから、続縄文時代から擦文時代まで約1000年間(2〜12世紀頃)にわたり営まれた集落跡だったことが分かったという。

 道教委では今後、シブノツナイ竪穴住居跡に近い湧別町の「川西2遺跡」で発掘調査を行うほか、興部町の「興部豊野竪穴群」でも詳細な測量を実施する。21年度までの調査で、道内全域の竪穴群について詳細を把握し、再度、世界文化遺産候補として提案するために準備を進める。

 道教育庁文化財・博物館課の西脇対名夫つなお主幹は「道東は先史時代の竪穴が集中する世界的にも珍しい地域。それがどのような意味を持つかを明らかにしていく」と話している。

https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190110-OYT1T50028.html?from=ytop_photo


[23] ロシアのプーチン大統領がマッハ20のICBM発射実験に成功したと発表・・・米の迎撃困難??? 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/12/27(Thu) 21:31  

マッハ20のICBM、露が成功…米の迎撃困難
https://www.yomiuri.co.jp/world/20181227-OYT1T50083.html?from=ytop_ylist

【モスクワ=畑武尊】ロシアのプーチン大統領は26日、極超音速で飛ぶ最新の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「アバンガルド」の発射実験が成功し、来年にも実戦配備すると発表した。アバンガルドは米国のミサイル防衛(MD)で迎撃することが困難で、核戦力削減をめぐる今後の米露協議に影響を与えるのは必至とみられる。

 アバンガルドは、弾道ミサイルで打ち上げられた後、上空で切り離され、グライダーのようにマッハ20(時速約2万4500キロ)で飛行し、目標近くで急降下して攻撃するとされる。露大統領府によると、露中部オレンブルク州から打ち上げられ、約6000キロ・メートル離れた極東カムチャツカ地方の演習場の標的に着弾した。

 プーチン氏はモスクワの国防省の司令センターから発射命令を出した。実験成功後、「アバンガルドは、敵の現在と将来のMDの手段では撃ち落とせない」と述べ、MDで優位に立つ米国への対抗意識をあらわにした。そのうえで、「大きな勝利で、新年の贈り物だ」と語った。

https://www.yomiuri.co.jp/world/20181227-OYT1T50083.html?from=ytop_ylist


[22] ロシアのプーチン大統領がマッハ20のICBM発射実験に成功したと発表・・・米の迎撃困難??? 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/12/27(Thu) 21:30  

マッハ20のICBM、露が成功…米の迎撃困難
https://www.yomiuri.co.jp/world/20181227-OYT1T50083.html?from=ytop_ylist

【モスクワ=畑武尊】ロシアのプーチン大統領は26日、極超音速で飛ぶ最新の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「アバンガルド」の発射実験が成功し、来年にも実戦配備すると発表した。アバンガルドは米国のミサイル防衛(MD)で迎撃することが困難で、核戦力削減をめぐる今後の米露協議に影響を与えるのは必至とみられる。

https://www.yomiuri.co.jp/world/20181227-OYT1T50083.html?from=ytop_ylist


[21] 縄文人、サメ食べてた? 松江の遺跡から歯156本出土 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/11/17(Sat) 12:56  

縄文人、サメ食べてた? 松江の遺跡から歯156本出土
https://www.asahi.com/articles/ASLCG3PSCLCGPTIB00B.html?iref=comtop_latestnews_05

島根県埋蔵文化財調査センターは、大橋川の拡幅工事に伴う松江市朝酌町のシコノ谷遺跡の発掘調査の結果を公表した。縄文時代前期〜晩期(7千〜2600年前)の地層から、1・2〜2・2センチのサメの歯156本などが出土したという。担当者は「サメを食料にしていたと考えられ、当時の食生活を考える上での貴重な発見」と話す。18日に現地説明会を開く。

 同センターによると、調査は6月から、大橋川沿いの計約1100平方メートルの2区域を調査した。そのうちの、深さ約3メートルの礫(れき)層から、サメの歯やクルミの殻、縄文土器などが見つかったという。

 156本のサメの歯は、全長3〜4メートルのメジロザメ科のものとみられるという。国内では、北海道石狩市で出土した272本に次ぐ多さ。装身具としての加工は施されておらず、担当者は「そのままの形で大量に出土するのは珍しい」としている。ほかに、イノシシやシカの歯も出土しており、土石流でこの場所に周辺の集落から流れ込んだか、元々ゴミ捨て場だった可能性がある。

 現地説明会は18日午前11時から、松江市朝酌町の矢田渡船朝酌乗船場である。事前申し込みなしで参加できる。問い合わせはセンターの広江耕史さん(080・2887・6998)。(市野塊)

https://www.asahi.com/articles/ASLCG3PSCLCGPTIB00B.html?iref=comtop_latestnews_05


[20] 人類最古の最大約5万2000年前に描かれた動物画がインドネシア・ボルネオ島の洞窟にあったという調査結果 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/11/09(Fri) 17:04  

人類最古の最大約5万2000年前に描かれた動物画がインドネシア・ボルネオ島の洞窟にあったという調査結果
https://gigazine.net/news/20181108-oldest-animal-painting-borneo/

人類の祖先が洞窟の壁に描いた壁画としてはフランスのラスコーの壁画や、スペインのアルタミラ洞窟壁画などがよく知られています。それらの壁画は約1万年〜1万8000年前のものであると考えられているのですが、インドネシアのボルネオ島に多数存在する洞窟に描かれた動物の壁画は、最高で約5万2000年前に描かれた「人類最古の動物画」であるという調査結果が明らかにされました。

Palaeolithic cave art in Borneo | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0679-9

'Oldest animal painting' discovered in Borneo - BBC News
https://www.bbc.com/news/science-environment-46114423

壁画は、インドネシアのボルネオ島に位置する東カリマンタン州の洞窟の中で2014年に見つかっていたもの。この地域には古い洞窟がたくさん存在しており、その多くで壁画が見つかっているそうです。

以下の画像に写っているのが、壁に描かれた「絵画」の姿。この状態では何が描かれているのかをすぐに見分けることは容易ではありませんが、特徴的な体の形状から、この地域にいまでも生息している野牛「バンテン」であると考えられているとのこと。さらに、右上の部分には人の手を置いて塗料を吹き付けることで手の形を表した模様を確認できます。

絵画だけを抽出するとこんな様子の模様が浮かび上がります。丸みを帯びて大きな体と短めの脚を持つ動物の体の側面には、槍のような棒が刺さったように見える部分も。また、手の形をかたどった模様が残されているのですが、これらの模様が描かれた時代は数万年レベルで違っていることが明らかにされています。

赤とオレンジの中間ぐらいの色で描かれた動物は、酸化鉄をベースにした塗料で描かれたものだとのこと。放射線の強さを基に時代を測定するウラン-トリウム法によってそれぞれの模様が描かれた時代を調べると、バンテンとみられる動物の画に使われた塗料は少なくとも4万年前、最大で5万2000年前に使われたものであることがわかったそうです。また、手の模様に使われている紫色の塗料などは1万6000年〜2万1000年前のものであることがわかっています。

手が描かれた時代の塗料は、このような人をかたどった模様を描く際にも用いられているとのこと。この、描く対象が「動物から人へ」と変化する流れは、ヨーロッパなどで見つかっている壁画と同じパターンであり、考古学者の関心を引きつけています。

https://gigazine.net/news/20181108-oldest-animal-painting-borneo/


[19] ドイツ黒アリ 投稿者:ドイツ黒アリ 投稿日:2018/11/01(Thu) 21:24  

ドイツ黒アリ http://www.kanpoudrug.com/seiryokuzai-33.html
滋養強壮に効果が期待できるといわれているドイツ黒アリは、朝鮮人参、海馬、冬虫夏草などが含まれています
性機能の増強や勃起不全の改善などのほか、疲労回復、血行促進、冷え性改善、血糖値の改善など、さまざまな効果が期待できます。

http://www.kanpoudrug.com/seiryokuzai-33.html


[18] 即効性精力剤 勃動力三体牛鞭 投稿者:三体牛鞭 投稿日:2018/10/24(Wed) 17:15  

強精剤を扱う有名な精力剤の専門店では「漢方drug」が最も有名かつ信頼度があります。
ED治療薬に加えて、勃動力三体牛鞭は効果的な即時効果と持続効果を期待できる。
三体牛鞭 通販:http://www.kanpoudrug.com/seiryokuzai-04.html


[17] 業界最強勃起精力剤!黒倍王の成分一覧 投稿者:黒倍王 投稿日:2018/10/16(Tue) 18:50  

15種類以上の原料配合
※無駄な成分は除外し効果が見込める天然成分のみで構成

雪鹿鞭(ろくびん)、ヤクの睾丸、野ろばのペニス、鎖陽(サヨウ、さよう)、高麗人参、枸杞子(くこし)、鹿茸(ろくじょう、ロクジョウ)、黄精(おうせい)、カメの腹部の甲、Rhizoma Cibotii、当帰(トウキ)、何首烏(カシュウ)、クルミ肉、肉蓯蓉(にくじゅうよう)、タツノオトシゴなど。

中国の男性が常用する天然精力剤の中では主流であるにくじゅうようを、配合してお ります。更に、4倍濃縮の原料を採用により、1 粒 242.5mg で 970mg 相当分の摂取効果を発揮します。

黒倍王 激安 通販:http://www.kanpoudrug.com/seiryokuzai-19.html


[16] 松代大本営・・ 工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/08/30(Thu) 22:53  

松代大本営・・工事に従事の朝鮮人労働者名簿 米国で発見
https://mainichi.jp/articles/20180830/k00/00e/040/325000c

太平洋戦争末期、本土決戦に備えて、大本営や政府機関などを移転するために作られた松代大本営地下壕(ごう)(長野市)の工事などに従事した、朝鮮人労働者などの名簿が見つかった。

2600人を超える名前や本籍の住所、年齢などが記されており、労働者の妻や子どもと思われる名前もあって、これほどの人数の名簿が見つかったのは初めてとみられる。【ガン・クリスティーナ】

資料は、国学院大学の上山和雄名誉教授(71)=日本近現代史=が、1990年代初め、戦後に日本から押収した資料を保管している米議会図書館で発見した。資料の表紙には「帰鮮関係編纂(へんさん)」と「内鮮調査報告書類編冊」というタイトルがつけられ、名簿のほか帰国希望者の人数を記録した書類などがまとめられている。

 名簿はほぼ帰鮮関係編纂にあった。地下壕の工事を示す「東部軍マ(一○・四)工事」を担当した西松組(現西松建設)の松代出張所長名で県知事宛てに提出された名簿では、朝鮮人の創氏改名後の名前と本籍地、日本に来る前の住所、年齢、生年月日が書かれている。別の工事を請け負った鹿島組(現鹿島)が作成した名簿には、労働者の妻や子どもなどの名前が記録されていた。

 「内鮮調査報告書類編冊」は、県内の工事現場などに集住していた朝鮮人の集団帰国について、各事業場や警察署がまとめた資料からなっている。備考欄に「八月十五日以降工事中止ニヨリ食料ノ略奪其他治安上憂慮スベキモノニ付、至急送還ノ要アルモノ」と記されている資料もあり、朝鮮人の暴動を心配していた様子がうかがえる。

 戦後の朝鮮人帰国について研究する駒沢大学非常勤講師の鈴木久美さん(56)=東アジア現代史=は「戦争で労働力として動員され、戦争が終わると朝鮮半島の状況を考慮せずに帰国させた。帰国政策の一連の流れや、政府の朝鮮人に対する悲惨な扱いが読み取れる」と指摘する。また、「消息不明の朝鮮人の行方を明らかにしたり、日本の住所がある引率者をたどったりして、実際に朝鮮人たちはどのように帰国したのかなどを調査できる」と話す。

 資料を実態解明に活用しようという動きも出ている。松代大本営追悼碑を守る会(長野市)は7月、名簿を基に調査を実施するよう政府に求める請願書を郵送した。塩入隆会長(84)は「研究はほとんど手詰まり状態。名簿の情報で分かることが広がれば」と語る。

また、県強制労働調査ネットワークの原英章代表(69)は「県内各地の工事で朝鮮人が従事していたことの裏付けになる。朝鮮半島のどの地域から来ていたのか、家族連れはどれほどいたのかなど資料を分析して、松代大本営の全体像をはっきりさせたい。遺族が生き残っている可能性もあり、証言の聞き取り調査も実施したい」と期待している。

帰国者の実数分からず
 朝鮮人のうち、労働者を優先して帰国させる方針は、1945年9月1日に政府から各都道府県に具体的に通知された。10月初旬ごろまでは日本が独自に進め、その後は連合国軍総司令部(GHQ)の管理で行われた。帰国者は140万〜150万人とされているが、漁船を借りて個人で帰国した朝鮮人もおり、正確な数字は分かっていない。

 松代大本営の地下壕は、44年11月に始まり、計画の75%、約13キロを掘ったところで終戦を迎えた。「松代大本営の保存を進める会」などの市民団体が集めた証言によると、約6000〜7000人の朝鮮人労働者がいた。しかし、名簿が残っているのは、旧厚生省が90年代に韓国政府に提出した鹿島組の78人分のみだという。

https://mainichi.jp/articles/20180830/k00/00e/040/325000c


[15] 満蒙開拓団の調査記録14道府県で廃棄または不明 貴重な1次資料 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/08/26(Sun) 00:10  

満蒙開拓団の調査記録14道府県で廃棄または不明 貴重な1次資料
https://mainichi.jp/articles/20180825/mog/00m/040/012000c

1932〜45年、旧満州(現中国東北部)に国策で農業移民として推計約27万人が送り込まれた「満蒙開拓団」について、戦後に都道府県が実施した全国実態調査の資料が13道府県で確認できず、1県は廃棄したことが毎日新聞の全国アンケートで判明した。戦後間もなく団の幹部らから直接聞き取りした、他にはない貴重な1次資料だが、資料の残る33都府県も保存期間はまちまちで、今後廃棄される可能性もある。専門家は歴史的な公文書を保存する仕組み作りを訴えている。【佐藤良一/山形支局】

 資料は外務省が50年に全国の都道府県に調査を指示した「満蒙開拓団実態調査表」。15〜19歳(数え年…



有料記事なのでここまで

https://mainichi.jp/articles/20180825/mog/00m/040/012000c


[14] 生体でない、囚人の検死解剖なら問題ないはずだが・・北大教授、戦時下に人体実験 中国人から摘出の睾丸で 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/08/14(Tue) 12:02  

北大教授、戦時下に人体実験 中国人から摘出の睾丸で
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/218181/

北海道帝国大(現北大)理学部の男性教授(故人)が1930年代、旧満州(現中国東北地方)で旧日本軍が捕らえた中国人から摘出した睾丸(こうがん)を使い、染色体を観察する実験を行ったことが、北大図書館の保管資料などで分かった。男性教授は日中戦争開戦直前の37年6月、実験結果を基に論文を米国の科学誌に寄稿しており、専門家は「被験者の承諾がなく、どの時代であれ許されない人体実験だった」と指摘する。

 戦時下の大学の研究者による人体実験を巡っては、九州帝国大医学部で45年、米軍捕虜を生きたまま解剖し、殺害したことが分かっている。道内の大学研究者による人体実験は、ほとんど知られていなかった。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/218181/


[13] 政府軍とタリバン衝突、死者300人超 アフガニスタン南東部 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/08/14(Tue) 11:01  

政府軍とタリバン衝突、死者300人超 アフガニスタン南東部
http://www.sankei.com/world/news/180814/wor1808140002-n1.html

【ニューデリー=森浩】アフガニスタンのバフラミ国防相は13日、南東部ガズニ州で9日夜から10日未明にかけて、政府軍とイスラム原理主義勢力タリバンの激しい戦闘が発生し、計300人以上が死亡したと明らかにした。地元民放トロTVなどが伝えた。

 戦闘が起きたのは州都ガズニ。タリバンが市街地に大規模な攻勢を掛け、米軍の援護を受けた政府軍と交戦となった。タリバン側は194人が死亡し、政府軍や警察からも約100人の死者が出た。戦闘に巻き込まれて住民20〜30人も犠牲になったという。

http://www.sankei.com/world/news/180814/wor1808140002-n1.html


[12] 【人間爆弾「桜花」最後の証言】(2)初の訓練で着地失敗 「これに乗って死ぬのか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/08/14(Tue) 10:57  

【人間爆弾「桜花」最後の証言】(2)初の訓練で着地失敗 「これに乗って死ぬのか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」
http://www.sankei.com/premium/photos/180814/prm1808140004-p1.html

昭和19(1944)年11月、鹿嶋の海軍神之池航空基地にある神雷部隊に配属された元上飛曹の佐伯(旧姓・味口)正明(91)=愛媛県西条市=が初めて、敵艦を一撃で仕留める新兵器を目の当たりにしたのは入隊翌日だった。

 まだ「桜花」という正式名称はなく、考案者の大田正一少尉から「○大(マルダイ)」、もしくは「K1(ケーワン)」という暗号名で呼ばれていた。

 銃剣を持つ番兵が警戒する格納庫に熊本・天草基地から一緒に配属された同僚と向かう。全長約20メートル、全幅約25メートルの一式陸上攻撃機の周囲に、数機のピンク色の桜花練習機が置かれていた。魚雷よりも一回り小さい。風防ガラスを開け、操縦席に座る。

 「これに乗って死ぬのか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」

 佐伯は同僚に話しかけた。

 雑誌で見た軍艦の後甲板から飛び出していく水上偵察機に憧れ、海軍飛行予科練習生(特別乙種1期)に入隊、操縦技量を買われ、教官となった。日本のため、天皇陛下のために厳しい訓練を重ねた熟練の腕を発揮することもなく戦死するむなしさに佐伯は落胆する。

配属された200人の搭乗員は通常の戦闘機や水上機の操縦はできるが、エンジンもなくただ落ちるだけの航空機の経験はない。

 昭和20年の年が明け、着任した順に投下訓練が始まる。爆弾の代わりに先端に1200キロの砂や水を詰め込んだ桜花に乗り込み、降下しながら機体下部に付けられたそりで飛行場に滑空着陸するという難しい技術を要する。このため訓練中の着陸失敗事故が頻発していた。

 1月17日、佐伯の出番が来た。機体下部に桜花を搭載した一式陸攻に乗り込み、犬吠埼上空まで飛行、利根川の河口が黒く見えるなと思っていると、肩をたたかれる。「乗り込め」の合図だ。「棺おけのふた」と呼ばれた床の四角いふたを開け、ぶら下がるが、なかなか足が座席に届かない。低速とはいえ、かなりの速度は出ている。足を踏み外せば、そのまま下界に落下する。手が持つかと不安になった頃、なんとか足を伸ばし、操縦席に座ることができた。

 腰ベルトを締め、「落とすなら落とせ」の心境で下をのぞき、飛行場の位置を確認しようと、風防に顔を寄せた瞬間、「バン」と竹が弾けるような音がした。

「あっ、落とされた」。尻に悪寒がする航空機では考えられない速度で急降下、このまま失速すれば墜落する。懸命に操縦桿(かん)を押し、体勢を立て直す。数分後、ようやく下界の地形を確認することができた頃には地面が急速に接近していた。飛行場外に着陸すれば、一般人に被害をもたらし、極秘兵器「桜花」を公開することになる。

 強引に高度を下げ、急角度だが、腹をこすれば胴体着陸できると判断、飛行場端の格納庫付近に目標を定める。速度を保ったまま桜花は地面にたたきつけられる。数十メートルも大きくバウンド、砂利の山に突っ込んだ。佐伯の記憶はそこで途切れる。初の投下訓練で着陸に失敗した。
(将口泰浩=作家、敬称略)

     


エンジンなく速力460キロで滑空降下

 一式陸上攻撃機につり下げられた桜花は1200キロ爆弾を先端に搭載し、高度3000メートルから投下されると一気に500メートル降下、その後、速力460キロで滑空降下。エンジンがないため上昇修正ができず、敵艦が退避した場合、そのまま海に落下する。帰還する必要もないため、車輪もない。

http://www.sankei.com/premium/photos/180814/prm1808140004-p1.html


[11] 将軍家光のかご発見=側近藩主に下賜−福井 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/31(Tue) 13:01  

将軍家光のかご発見=側近藩主に下賜−福井
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018073100394&g=soc

福井県立若狭歴史博物館(小浜市)は31日、同市内の寺で徳川幕府の3代将軍家光が乗っていたかごが見つかったと発表した。

徳川将軍家のかごはこれまでに3挺(ちょう)確認されているが、完全な形で現存するのは唯一とみられる。

かごは幅86センチ、奥行き118センチ、高さ102.5センチの大型。ヒノキから作った細いひもを編んだ物が全体に張り付けられた「総網代」で、つや出しに透明の漆が塗ってある。担ぎ棒は5メートル近くあり、将軍のかごを示す黒の漆が施されている。

 昨年12月、禅寺「発心寺」で本堂の改修工事中に発見。本体は箱に入って天井からつり下げられ、担ぎ棒がはりに渡されていた。文献によると、家光の側近で、若狭の領地を与えられ小浜藩主となった酒井忠勝が1634(寛永11)年、上洛に同行。帰途、家光が「長い間よく仕えてくれた」と下賜した。

 中世から近世の交通史に詳しい東京都江戸東京博物館の斎藤慎一学芸員は「将軍、大名クラスの乗り物は実物がほとんど確認されておらず、大変な驚き、近世交通史の重要な資料だ」とコメントした。

かごは、若狭歴史博物館で8月1日から9月9日まで展示される。(2018/07/31-10:41)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018073100394&g=soc


[10] 三橋さんコレ、安倍政権もだが、米国のトランプ大統領向けにこそ、主に発信すべきだよ 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/30(Mon) 12:12  

「日本の中に別の国」安倍政権はローマの失敗を直視せよ
https://ironna.jp/article/10333

三橋貴明(経世論研究所所長)

 ローマ帝国は元々、一都市国家であったが、領域国家として勢力範囲を拡大していった。そして最盛期には地中海沿岸の全域に加え、ガリア(現フランス)、ブリタニア、ダキア(現ルーマニア)、アルメニア、メソポタミアにまたがる大帝国を築き上げた。ローマ帝国が繁栄したのは、軍事力やインフラ整備(道路や水道など)に関する突出した技術力に加え、「ローマ市民権」を慎重に、同時に着実に拡大していったためである。市民権は、支配下に置いた部族や民族はもちろん、解放奴隷にまで与えられた。

 ローマに征服された属州民であっても、補助兵に志願し、ローマ「国家」のために尽くすことで、世襲のローマ市民権を手に入れることができた。当然ながら、ローマ軍には各属州からも優秀な人材が集まり、軍事力が強化されていく。ちなみに、五賢帝の一人として名高く、ダキアを征服したトラヤヌス帝はスペイン属州の出身である。

 ローマ帝国は、支配する領域を拡大し、被支配地の人々をすら「ローマ国家の一員」として育成することで繁栄した。ローマ軍に屈した地域では、族長の子弟がローマに留学し(人質という意味合いもあったのだろうが)、完全にローマ化された上で故郷へ戻された。いわゆるソフトパワーをも活用し、帝国の「統合」が推進されたのである。

 そういう意味で、ローマ帝国は最近までのアメリカに似ている。アメリカは「移民国家」ではあるものの、アメリカ国籍を取得したい移民は、アメリカ合衆国憲法への「忠誠の誓い」を果たさなければならない。あるいは、法律が定めた場合に「兵役」に従事することも求められる。さらには、「言語」についてもアメリカ英語が強制された(現在は、かなり緩んでしまっているが)。

 ローマ帝国の場合、支配領域が拡大したがゆえに「外国人」を「ローマに忠誠を誓う」ローマ市民に育成する必要があった。アメリカは、膨大な外国人が移民として流入するがゆえに、国籍取得に際し「アメリカ国家への忠誠」を求めたわけである。

 ローマ帝国にせよ、アメリカ合衆国にせよ「ナショナリズム(国民意識)」を重視し、国家として繁栄した、あるいは繁栄しているわけである。

 世界最古の自然国家「日本国」の国民である我々にはピンとこないかもしれないが、外国人を自国に受け入れる場合、ナショナリズムを重視した同化政策が必須なのである。ローマの場合、ゲルマン系民族を受け入れる際など、複数の小規模なグループに分け、帝国各地に分散して住まわせるなどの工夫もなされた。「帝国の中に別の国」が出現し、ナショナリズムが壊れることを、可能な限り回避しようとしたのだ。

 さて、西暦375年、ユーラシア・ステップの遊牧民フン族の脅威を受けたゲルマン系の西ゴート族約20万人が、ドナウ川の対岸からローマ帝国への亡命を求めてきた。当時のヴァレンス帝は、西ゴート族が好みの場所にまとまって居住することを許可してしまった。ローマ帝国の中に「別の国」ができてしまったわけである。

 さらに、当時のローマ帝国はドナウ川を越えてきた難民たちを杜撰(ずさん)に扱い、食料すら十分に供給されなかった。結果、ゴート族の難民が蜂起し、同族を次々にドナウ川の向こうから呼び寄せ、ゴート系のローマ軍の兵士たちまでが呼応し、大反乱に至ってしまった。

 鎮圧に向かったヴァレンス帝は、378年にアドリアノープルにおけるゴート反乱軍との決戦で戦死してしまう。その後、ゴート族はローマ帝国内部における「自治権」を確立。ローマ市民ではない人々の「別の国」を認めた結果、ローマ帝国(厳密には西ローマ帝国)は滅亡への道を歩んでいくことになる。

 驚かれる読者が多いだろうが、データがそろっている2015年時点で、我が国はドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ、世界第4位の移民受入大国なのである。216年以降、ブレグジットの影響で、イギリスへの移民流入が減少している。2016年、あるいは2017年には、我が国が世界第3位の移民受け入れ大国になっている可能性が高い。

 人手不足ならば、生産性を高める。具体的には、設備や技術に投資し、「今いる従業員」一人当たりの生産量を高め、人手不足を解消しなければならない。生産性向上で経済を成長させるモデルこそが、資本主義なのだ。

 すなわち、現在の日本の人手不足は、まさに経済成長の絶好のチャンスなのである。逆に、人手不足を「外国人労働者」で埋めてしまうと、生産性向上の必要性がなくなってしまう。安倍政権の移民受入政策は、日本の経済成長の芽を潰す。

その上、安倍政権は2025年までに外国人労働者50万人増を目指す方針を示しているわけだから、あきれ返るしかない。

 経済成長に対するネガティブなインパクトに加え、安倍政権の移民受入政策は、日本国民の「ナショナリズム」を破壊することになる。例えば、日本で暮らす外国人が、我々と同じように「皇統」に対する畏敬の念を持ち得るだろうか。ありえない。

 日本国は、世界屈指の自然災害大国である。自然災害が発生した際には、国民同士で助け合うという意味におけるナショナリズムが必須だ。被災者を助けてくれるのは、別の地域に暮らす日本国民だ。

 「困ったときはお互い様」という「ナショナリズム」なしでは、人間は日本列島で生きていくことはできない。2011年3月、東日本大震災が発生し、福島第一原発の事故が起きた際、東京のコンビニから外国人店員が消えた。多くの外国人が、原発事故を受けて帰国したようだ。筆者にしても、例えば韓国で働いていたとして、原発事故が起きたならば即刻、帰国するだろう。筆者の心の中に「韓国と心中する」などという気持ちは皆無だ。

 日本にいる、あるいは「移民」として来日する外国人たちも同じなのである。我々は外国人と「日本国のナショナリズム」を共有することはできない。ローマ帝国は「国の中の別の国」を認め、「市民権」というナショナリズムが崩れたと同時に、亡国に向かい始めた。

 そして現代、安倍政権は移民受入により、「安く働く労働者」と引き換えに、日本の経済成長を妨害し、かつ自然災害大国である日本には不可欠なナショナリズムを壊そうとしている。移民受入を推進する以上、安倍政権は「亡国の政権」以外のなにものでもないのだ。

https://ironna.jp/article/10333


[9] シリア南部で政府軍とISが衝突、100人超が死亡 、自爆テロで掃討作戦 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/25(Wed) 21:55  

ISと衝突、100人超死亡・・シリア南部、自爆テロで掃討作戦
https://this.kiji.is/394801080162485345?c=39546741839462401

【カイロ共同】シリア南部スワイダ県で25日、過激派組織「イスラム国」(IS)の犯行とみられる自爆テロや襲撃が相次ぎ、シリア人権監視団(英国)によると、市民や兵士ら73人が死亡した。アサド政権軍は掃討作戦を展開し、IS戦闘員約30人が死亡した。死者は計100人を超え、200人以上が負傷した。

 内戦が続くシリアで、ロシアの支援を受けて優勢な政権軍は南部3県の反体制派拠点をほぼ制圧し、反体制派主要勢力との戦闘は停止した。だが、ISなど過激派は抵抗をやめず、不安定な情勢が続いている。

https://this.kiji.is/394801080162485345?c=39546741839462401


[8] 日本人移住110年、ブラジル外相「貴重で濃厚な影響」 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/23(Mon) 13:28  

日本人移住110年、ブラジル外相「貴重で濃厚な影響」
https://www.asahi.com/articles/ASL7Q4PQCL7QUHBI01B.html?iref=comtop_list_int_n04

日本からのブラジル移住が始まって今年で110年。最大都市サンパウロでは21日、記念式典が開かれた。

両国の節目の年に訪日した同国のアロイジオ・ヌネス外相は朝日新聞の単独会見に応じ、両国の政治や経済の交流が深まるなか、「互いの存在感はさらに高まる」と期待を示した。

 移民781人を乗せて神戸港を出港した最初の移民船「笠戸丸」がブラジルのサントス港に到着したのは1908(明治41)年。第2次大戦の前後には迫害の対象にもなったが、移住は戦後も続き、73年までに計25万人が渡った。いまブラジルで暮らす日系人はサンパウロを中心に190万人に上ると推計されている。また約20万人のブラジル人が日本で暮らす。

 ヌネス外相は「日本と接するにも、わざわざブラジルから出る必要がないほどだ」と、日本人移民が残した影響の大きさを語った。「サンパウロでは特に日本の存在が豊かだ。貴重で濃厚な影響がある」と説明。日本からの情報発信を目的にした「ジャパン・ハウス」が昨年、サンパウロに建設されたことにも触れ、「日本との素晴らしい接点となった」と語った。

 ヌネス氏は朝日新聞への寄稿でも「日本はアジアにおけるブラジルの最も伝統的なパートナーだ」と指摘。5月の訪日で日本の閣僚や企業家と会談した際の印象として、両国には「まだ大海のごとくの機会がある」との見方を示した。(田村剛)

https://www.asahi.com/articles/ASL7Q4PQCL7QUHBI01B.html?iref=comtop_list_int_n04


[7] 日本人のご先祖の縄文人、ラオスからも来ていた…人骨から遺伝情報 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/22(Sun) 10:17  

縄文人の祖先はラオスから?…人骨から遺伝情報
https://www.yomiuri.co.jp/science/20180721-OYT1T50118.html?from=y10

愛知県の伊川津いかわづ貝塚から発掘された約2500年前の縄文人は、東南アジアの狩猟採集民族にルーツを持つ可能性があることがわかったと、金沢大などの国際研究チームが発表した。縄文人の人骨から全遺伝情報(ゲノム)を初めて解析し、明らかになったという。

論文が6日付の米科学誌「サイエンス」に掲載された。研究チームは縄文人の遺骨のほか、ラオスやマレーシアなどの遺跡で発掘された約8000年〜2000年前の人骨計25人分のゲノムを解析。縄文人と比べると、ラオスの遺跡(約8000年前)から発掘された狩猟採集民族やマレーシアの遺跡(約4000年前)から見つかった人骨のゲノムとよく似ていたという。

 金沢大の覚張隆史がくはりたかし特任助教は「北方から日本列島にやってきた祖先とは別に、南方から来た祖先のルーツも今後明らかになる可能性がある」と話している。

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サイト主コメント

どう見ても、エジプトのスフィンクスの顔はラオス人顔だ。
「ひるおび」の女性ゲストコメンターにラオス人のご子孫らしき人物がいる。

https://www.yomiuri.co.jp/science/20180721-OYT1T50118.html?from=y10


[6] 南北朝ゆかりの小島一族の旧跡荒廃 兵庫・姫路「六騎塚」 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/21(Sat) 15:44  

南北朝ゆかりの旧跡荒廃 兵庫・姫路「六騎塚」
http://www.sankei.com/west/news/180721/wst1807210040-n1.html

南北朝時代、後醍醐(ごだいご)天皇と南朝方に忠義を尽くした児島(こじま)一族が自害した地とされる兵庫県姫路市の「六騎塚(ろっきづか)」が荒廃の危機にひんしている。

これまで児島一族の末裔(まつえい)とされる一家の女性が1人で塚を管理してきたが、昨年死去したためだ。

塚は国有地で、一家の関係者は「個人の善意だけで管理するには限界がある」と主張。国や市は“地元任せ”の姿勢で、解決への妙案は見いだせていない。(荒木利宏

個人では限界…

 六騎塚は、南北朝時代の延元元(1336)年、南朝方の忠臣として名高い児島高徳(たかのり)の父、範長(のりなが)ら主従6人が、足利軍との戦いで敗れ、自害した地にあたるとされる。

 尊王思想の浸透に大きな影響を与えた江戸時代後期の儒学者、頼(らい)山陽も訪れ、範長の忠義をたたえる漢詩を残したほか、嘉永3(1850)年には範長主従を弔う碑が建てられ、地元の崇敬を集めてきた。

 塚は戦前、県の史跡に指定されており、戦後に指定が外されて国有地になった。以降は児島一族の末裔とされる地元在住の澤田家が塚を世話していたが、中心的役割を担ってきた澤田玲子さんが昨年5月に死去。以降は手入れが行き届かなくなり、敷地内に雑草が繁殖し始めたという。

 碑の背後には2つの祠(ほこら)と別の碑があるが、強風で折れた木が倒れかかり、つる草が繁茂。塚の周囲を囲む玉垣も石柱を固定するための鉄筋がさびて膨張し、亀裂が入ったり破損したりしている。塚に隣接し、かつて集会所として使われていたとみられる建物も屋根に雑草が生え、瓦が落ちそうになっている。

 玲子さんの夫、範康さん(66)は「土地は澤田家の私有地でなく国有地。個人の善意だけでは限界がある」と主張する。

 保全機運高めて

 国有地として塚の管理責任を持つ近畿財務局神戸財務事務所は、塚自体は国が設置したものでなく維持管理は行わないとの立場。同事務所の担当者は、近隣住民による保全が前提とした上で「姫路市が文化財保護の見地から保全する意思があれば管理を委託することは可能」とする。一方、市文化財課の担当者は「税金で維持費を負担するには、地元住民の間で塚を保全しようという機運の盛り上がりや体制整備が図られることが必要」と強調する。

 このため、6月24日には範康さんや地元の別所町北宿自治会長の田中政司さん(67)ら有志が応急的に塚の草刈りを実施した。ただ、田中さんは「地元でも六騎塚の由来を知らない世代が多くなった。塚を保全しようという思い入れを持つ住民は少ない」と話し、打開策は見つかっていない。

 神戸大大学院(中世史)の市澤哲教授の話「六騎塚のような旧跡を維持する役割を果たしてきた地域や家族のあり方が今、大きく変わり始めている。行政や大学も巻き込んで知恵を集め、新たな人のつながりを構築することが、地域に残る歴史の保全につながるのではないか」

http://www.sankei.com/west/news/180721/wst1807210040-n1.html


[5] トヨタ創業者が米自動車殿堂入り=起業家精神など評価 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/21(Sat) 09:41  

トヨタ創業者が米自動車殿堂入り=起業家精神など評価
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072000889&g=eco

 トヨタ自動車は20日、創業者の故豊田喜一郎氏が米国自動車殿堂入りしたと発表した。創業時のビジョンや起業家精神などが評価された。トヨタからの殿堂入りは、元社長の故豊田英二氏、豊田章一郎名誉会長に続いて3人目。

19日に米デトロイトで授賞式が開かれ、トヨタからは内山田竹志会長らが出席。豊田章男社長は祖父の殿堂入りに「トヨタの継承者として、孫として、大変うれしく誇らしく思う」とのコメントを発表した。(2018/07/20-16:34)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018072000889&g=eco


[4] 新東名建設で遺跡発掘、内部が空洞の土偶を発見 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/08(Sun) 14:37  

新東名建設で遺跡発掘、内部が空洞の土偶を発見
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20180703-OYT1T50035.html?from=yartcl_blist

公益財団法人・かながわ考古学財団は、神奈川県秦野市菩提の菩提横手遺跡で、内部が空洞の「中空土偶」が出土したと発表した。

 新東名高速道路の建設に伴う同遺跡の発掘調査で、頭や胴体、腰などの部分が見つかり、左の腕と脚の一部は欠けているものの復元に成功した。高さ約25センチ、幅約12センチと推定されるという。胴体の上部には、乳房を表現したとみられる二つのこぶがあるという。

 同財団によると、神奈川県内で自立した中空土偶が見つかったのは、上土棚南遺跡(綾瀬市)、王子ノ台遺跡(平塚市)に次いで3例目という。

 土偶は3〜8日、横浜市歴史博物館で開催される「発掘調査成果展示会」、10月23日〜11月4日に秦野市立桜土手古墳展示館で開催の「秋季特別展」で展示される。

https://www.yomiuri.co.jp/culture/20180703-OYT1T50035.html?from=yartcl_blist


[3] シベリア抑留死、新たに13人の身元公表 投稿者:かいけつ 投稿日:2018/07/06(Fri) 22:30  

シベリア抑留死、新たに13人の身元公表
https://www.yomiuri.co.jp/national/20180706-OYT1T50091.html?from=yartcl_blist

厚生労働省は6日、第2次大戦後に旧ソ連の収容所などで死亡した日本人抑留者13人の身元を新たに特定し、氏名や出身地などを公表した。いずれもシベリア地域だった。身元が特定された人たちは次の通り。問い合わせは、同省援護・業務課調査資料室(03・3595・2465)へ。

東京・石川博司▽群馬・浦上伊三郎▽長野・小木曽利雄▽宮崎・甲斐岩夫▽青森・新内政逸▽富山・立野昌士▽石川・南保順朗▽三重・野田武男▽群馬・茂木萬作▽長野・矢崎友一▽鹿児島・山之内清▽大阪・大和安太郎▽青森・甲田武志

https://www.yomiuri.co.jp/national/20180706-OYT1T50091.html?from=yartcl_blist


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