秋田の人食いグマ、主犯は凶悪「スーパーK」だ!

本当の“主犯”は別にいる! 秋田県鹿角市の山林でタケノコ採りの男女4人が相次いでツキノワグマに襲われ、死亡した衝撃的な事故。現地で射殺された雌グマについて、NPO法人「日本ツキノワグマ研究所」の米田一彦理事長(68)は、4人を殺害したクマではないと推測する。
実は4人目の犠牲者が出た現場近くの農地を移動する体長約1メートル50、推定体重100キロの大型グマが目撃されており、これこそが人間を次々にあやめたクマではないか、と見ているのだ。そして最も恐ろしいのは、クマが突然、人間を食べ物として認識し始めた可能性すらあるというのである。東北の山地で一体、何が起きているのか。ツキノワグマ研究40年を超える米田理事長に緊急報告してもらった。



3~4頭が人を食べた可能性


今回の事件を聞いたとき、私は最初「若い雄グマ」によるものではないか、と感じた。

 6月10日午前、秋田県鹿角市十和田大湯の山林で、あおむけに倒れている女性の遺体が見つかった。秋田県警鹿角署は約150メートル離れた山道に止まっていた車の持ち主の70歳代女性と身元を確認。地元の猟友会員が同日午後、遺体発見現場から約20メートルにいたクマを見つけ、射殺した。

 このクマは体長約1メートル30で、年齢は6~7歳とみられる。胃の中から人体の一部が見つかったことから、4人を殺害したのはこのクマだという見方もあるが、私は疑問を持っている。

 実は、この付近では5月21、22、30日に60~70歳代の男性の遺体も見つかっている。秋田県警によると、死因は2人が失血死、もう1人が出血性ショック死の疑いで、被害女性を含め、遺体にはいずれもクマに襲われたとみられる傷があった。

 クマは年齢によって攻撃スタイルが異なる。2~3歳の幼いクマは下半身への攻撃が特徴的で、人に抱きつき咬かみついて離れず、被害者は失血のため徐々に死に至ることがある。子別れの時期である6月にこの事例が多い。

 しかし、今回はこの様子が見られなかった。そして、最後の被害女性が見つかってから3日後の13日午後、現場近くの農地を移動する体長1メートル50、推定体重100キロの大型のクマが目撃されている。このクマこそが“主犯”ではないかと私は考えている。鹿角市の頭文字を取って「スーパーK」と私が名づけたこの大型のクマ(おそらく雄)が4人を次々に襲い、殺害。射殺された雌を含めた3~4頭が遺体を食べた可能性がある。そして、複数頭のクマが人を食べている可能性のある点が、これまでの熊害とはまったく違う、異常事態といえるのだ。

 クマはふだん、タケノコやドングリなどを食べているが、まれに大型動物のカモシカを襲うこともある。しかし、めったに人間を襲うことはない。どのようにして人を食べるクマになるのかといえば、襲った遺体のそばにうずくまり、頭部や首から出血した血をなめているうちに興奮し、食害(人を食べること)に至る。人を襲ったクマは再び人を襲う危険性がきわめて高いため、見つけ次第射殺する必要がある。


なぜ4人を殺害したのか

1頭が凶暴化したのか、それとも複数のクマが凶暴化したのかは大きな問題だ。射殺された雌グマがタケノコで腹を満たしながら人間の「食害」に及んでいる点も気になる。1988年に山形県戸沢村で起きた戦後最悪の獣害とされる「3人食害事件」では、第3の犠牲者を襲った時点で射殺された雄グマの胃の中はクリでいっぱいになっていた。その上で食害に及んでいた。人間を襲う意志がきわめて強かったといえる。

 今回、4人を殺害したのはどのようなクマなのか。それぞれが別のクマによる突発事故なのか、それとも連続性があるのかも重要な点だ。人食いグマを見極めるには、被害者の傷の分布や打撃の程度、食害量を知る必要があるが、公的情報を得られない私には限界があり、周辺から入手した情報を総合して推定した。せめて第1犠牲者に食害があったのか知らせてくれる人があれば、警告を発し、その後の犠牲者を一人でも減らせたかもしれないとの無念が私にはある。




 5月20日朝に熊取平に入山した男性は翌21日朝に発見され、第1犠牲者となった。「顔や左半身に多くの爪痕、咬み痕」とされるので、食害が推定できる。食害という言葉は、80年代に新聞紙面から消えた。それまでは「胃袋から足が出た」「顔がメチャクチャ」などと報道されていたが、表現がリアル過ぎるためか使われなくなり、世の中にクマの怖さが伝わらなくなってしまった。

 第1犠牲者は、遺体の状態から判断して、体を引き起こされたようだ。ここで顔に食害があったかどうかが問題になる。これは雌グマの加害行動に特徴的だからだ。過去、遺体のそばでうずくまっていて射殺された雌グマ2頭は被害者の頭(顔)と内臓を食害している。

 クマの社会では雌グマは劣位にあり、雄グマが移動しない限り食害に加われない。第1犠牲者の顔は、後日射殺された雌グマに食害されたと考えられる。

 22日朝、夫婦がタケノコ採りに入り、夫が襲われ、午後1時に捜索隊が接近すると2頭のうなり声を聞いたという。この2頭の組み合わせは何だったのか。交尾期の雄と雌が組んで人を襲うことはないため、成獣の雄同士と推定できる。


事故が起きた三つの理由

事故が起きたのは、十和利山(990メートル)の南麓に広がる約6キロ・メートル四方の酪農地帯。今回この地域で、重大事故が連続したことには三つの理由がある。一つは、クマ特有の生態面。初夏は交尾期であり、タケノコ食を行う。クマは食べ物がある間じゅう、そこに居ついて食べ続ける。この時期はタケノコで、好きな食べ物のある場所にはたくさんのクマが集中する。凶作年の果樹園や5~6月の笹ささ原がその場所になる。




 二つ目は、現場の特殊な地形。北東北の高原牧場の多くは、戦時中の軍用食糧の増産と戦後期の食料増産のため、国有林であるブナ帯を切り開いて開設された。ブナ林を伐採するとチシマザサ(ネマガリダケともいう)が繁茂し、牧草地を広げると、その外周にある沢に沿って狭い回廊状に笹原が残る。この狭い回廊状の笹原に、タケノコ採りの高齢者とクマが集中した。クマは明るく開けた農地に姿をさらすことを嫌い、この狭い回廊を移動している。回廊はクマの通り道であり、タケノコの採取場所でもあるというわけだ。これが事故発生の最大の原因になった。

 三つ目はクマの行動圏。雌グマの行動圏は約6キロ四方だが、雄は最大10キロ四方を移動する。私が秋田大の学生や秋田県庁時代に郷里の青森県十和田市へ帰省するときの最短ルートだったので30年前の光景を知っているが、当時はもっと笹原が広く、当時であれば5月のタケノコ食のクマが20頭はいただろう。現状では10頭ほどではないか。

危険度さらに増す秋


 この現場では4人が死亡し、1人が軽傷、1人が撃退してけがはなかったが、このうち3人が鈴を携帯していた。この地域では鈴を使用すると、かえってクマを呼び寄せる可能性があるため危険だが、他の地域では有効だ。4人が殺害されたこの地域では、人を襲うクマを避けるには爆竹しかない。数人の集団で並んで進むと抑止力になる。

 全国的にドングリ類が豊作だった昨年に比べて、今年の秋は凶作になるとされ、今年2月に出産・誕生した母子グマが里に下りてくることは避けられない。今回の事件で生き残っている可能性がある複数の人食いグマがどのような行動を起こすのか、懸念される。今から準備が必要だ。通学路や廃屋にある不要なカキやクリの木を伐採したり、山への遠足や登山も慎重に検討したりした方が賢明だろう。

 クマの事故で行方不明となったと思われる場合には、捜索にあたる警官は拳銃を携帯し、遺体のそばでクマがうずくまっている場合には躊躇ちゅうちょせず射殺しなくてはならない。

 今回は単独犯なのか、複数犯なのか。それは今後の公的調査などで判明していくだろう。しかし、事件はまだ収束しておらず、どこかの段階で複数の人食いグマが動き出すのではないかと恐れている。この事件を俯瞰ふかんして、ツキノワグマには我々がまだ知らない生態が隠されていると、つくづく思い知らされた。


 

プロフィル
米田 一彦( まいた・かずひこ )
 1948年、青森県十和田市生まれ。秋田大学教育学部卒。秋田県庁で鳥獣保護や自然保護行政に携わった後、フリーのクマ研究者になる。2001年、NPO法人「日本ツキノワグマ研究所」(広島県廿日市市)を設立し、現在、理事長を務める。著書に『ツキノワグマを追って』『山でクマに会う方法』などがある。
 
NEWSソース  YOMIURIONLINE
2016/06/17
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